※これから記載する記事は、私見解によるものです。
第5回ロールプレイ・ナリキリプレイの醍醐味その②
第4回の前回は、醍醐味その①として
「ロールプレイヤーやナリキリプレイヤー同士で交流を持つこと」
の重要性について少しお話しました。
今回は、醍醐味その②として、冒険を楽しむエッセンスのひとつ。
「キャラクターの設定」や経歴」です。
設定と言われても・・・と悩まなくても大丈夫!
冒険を始める前には、簡単なキャラクターの設定で大丈夫です。
そして、簡単な方が今後はじめた時の自由度に幅が増え行動
しやすくなります。大事な事は、今後の活動次第なのですから。
時間が経つにつれて、キャラクター自身の経験が増えてきます。
そうすることで、活動を通してキャラクターの
歴史や思い出や経歴などは自然に増えていきます。
更には冒険を進めていくと種族や街の歴史、キャラクター達が
知らなかった事やクエストに遭遇する機会が増えていくことでしょう。
そうすることで、より一層、キャラクターの物語に
華が咲き、愛着が沸くものです。
これは、ロールプレイやナリキリプレイを行いながら冒険を
している人達の楽しみを広げてくれます。
しかしながら、キャラクター設定を考える時に注意しなければ
いけない場合があります。
それは、「ハードルの高いキャラクター設定を作ると
プレイに支障をきたす、行動の幅を狭くする」
ということです。
例えば、実は、魔王の息子で・・とか。最強の戦士の末裔とか。
極端に、無茶な設定をすると自身もそして周囲も
絡みずらい状況を作り出してしまう可能性が高いからです。
魔王の息子ってどうやって威厳を保って振舞うの?とか
最強の戦士の末裔、他人と違う特別感をどうやって表現するの?とか
だから、キャラクター設定を高く設定し過ぎて自滅する人が多いです。
というのも私はそういう人を何人も見てきた経験から
そう感じています。
ハードルの高い設定を自分に課しそれでも尚、
立ち回れる自信がある人以外には、難しいと感じます。
そうでなければ、キャラクター設定により行動が制限される
恐れがあります。
キャラクター設定があることのメリットというのは、
キャラクターの性格や行動の方針が決めやすくなります。
そうすることで、ただなんとなくナリキリプレイ・ロールプレイを
行うよりも基盤を決めて行動するので行動の芯が明確になり
独特なキャラクターの特徴に繋がります。
第4回、ロールプレイ・ナリキリプレイの醍醐味
その①
※これから記載する記事は、私見解によるものです。
ロールプレイやナリキリプレイの醍醐味は、何でしょうか?
ロールプレイをして楽しむ、ナリキッテ楽しむのも1つの
楽しみですが一人で楽しむ自己満足で終らせるものでは
ありません。
ロールプレイやナリキリプレイの醍醐味それは
ロールプレイヤーやナリキリプレイヤー同士で
交流を持つことです。
当然の事ながら、一人でロールプレイやナリキリプレイで
楽しむことが出来ます。しかしそれには限界があります。
しかし、ロールプレイヤーやナリキリプレイヤー同士で
交流を持つと面白みは倍増します。
例えば、一人ロールプレイ・ナリキリプレイの場合。
①始まり⇒②ボスAを倒しに行く⇒③倒した⇒④終わり。
この間にどれだけ、プレイスタイルを盛り込んで行ける
でしょうか?しかも一人だけで。もし出来たとしても
一人ですと、なんか虚しくなってきそうですね。
例えば、複数でロールプレイ・ナリキリプレイの場合。
①クエスト始まり⇒②ボスAを倒しに行く⇒③倒した⇒④終わり。
①で、誰かがまず「クエストを盛り込んだ話で」
提案してくるかもしれません。
例;「最近、この辺りで、巨人が暴れまわってるらしいよ」など。
②パーティの中でやり取りがあるでしょう。
③パーティの目的の達成により何か得る
(アイテム以外にも連携や人間関係など)かもしれません。
④また、ここで話がまた盛り上がるかもしれません。
このように見ただけでも、ロールプレイ・ナリキリプレイの
醍醐味は同じスタイル同士で交流を持つことで面白みの
可能性は広がります。
もちろん、これはロールプレイ・ナリキリプレイだけではなく
オンラインゲーム全体でのパーティプレイで言えることです。
しかしながら、ロールプレイ・ナリキリプレイをしている
ゲームの世界観や雰囲気を楽しんでいる人に
そこにシステムやプレイヤーのものの考え方が
入ってくるとどうでしょうか?
例えば、ロールプレイ・ナリキリプレイ以外の人と冒険に
出たとして。
こんな会話聞いたことありませんか?
「このボス、しょぼいゴミアイテムしか落とさなかった
マジガッカリ」とか。
「このスキル、他ゲームの~に似てるけど威力無さ過ぎ
早く修正されないかな」とか。
こんな会話、聞いた途端、世界観ぶち壊しな会話に
やり取りを見てた人はきっと、冷めてしまうことでしょう。
本来楽しみを作り出すはずのパーティプレイで楽しみが
奪われていく。
だからこそ、ロールプレイヤーやナリキリプレイヤー同士で
交流 という同じスタイル同士で交流を持つことで面白みの
増す可能性は守られるわけです。
※なりきりPKをしてた私の経験によるものです。
第3回
「なりきりPK」とその他大勢の「ただのPK」とは
何が違うのか?
例えば、山賊を例にしてお話しましょう。
山賊であれば山賊なりきる人で稼業(強奪)をする人。
この略奪はPKとは限りません。そしてただのPKで
あってはいけません。あくまでも山賊であるからには
山賊行為です。
例えば、金銭を要求するならば、金銭を出した人は
殺さずに見逃すなど必ずしもプレイヤーを殺さないなどの
行動もとるかもしれません。
でもただやみくもに暴れまわっていては、ただのPKが
山賊の名を語っているのと何も変わらないように第三者
からは見えます。
山賊がTERAの住人に恐れられ、嫌われるのは大歓迎
かもしれません。しかし、「プレイヤー」に嫌われるのは
また違います。
大半のただのPKというのは「悪を演じてている」という
割りには結局、キャラを強くしてバトルゲームを楽しんで
いるだけです。
なりきっている「山賊」を名乗るならば、そんな、ただの
PK達とは一線を引かなければいけません。
山賊が山賊らしい行動を本当にしていれば
TERAの住人は山賊を悪人と罵倒するかもしれません。
しかしながら、山賊になりきっている人の行動が
山賊の行動とブレずに合致しているならばプレイヤーは
そんな山賊をきっと「カッコイイ」と賞賛する人もいるかも
しれません。
しかし、「悪を演じる」ということは、中々難しいことです。
単に、俺達は山賊だ!と叫びながらあちこちでPKしてる
だけでは、ただのPKとそれほど変わりません。
ギルドの名前が山賊だったり、自分で山賊と名乗ってる
だけなのです。
ぶっきらぼうにしゃべり、煽り、挑発した態度でいても
そこにリアルとなりきり(ロールプレイ)の境目を
キッチリ分けないと
タダの悪口か、口の聞き方の知らない幼稚なプレイヤーと
周囲から思われて終わります。
つまり、ただの嫌われ者のプレイヤーになってしまうのです。。
だから、勘違いして襲ってくるPKギルドやPKも多いのです。
ギルドを襲うにしても個人を襲うにしても、単に無言で
攻め入って一方的に「自分だけが楽しめれば良い」と
そこでPKしまくったりイベント会場や狩場を荒らしまわるのは
「ただの嫌がらせ」であり
ロールプレイ でも なりきりプレイ でもありません。
というか、それをやってるただの幼稚なPKは
腐るほどいます。
だから、PK=嫌われ者 という認識を多くの人が持っているのは
そういう理由からくるものでもあります。
「殺人鬼を演じている!これはロールプレイだ!」
と言って、荒らしまわる奴等は
ロールプレイという言葉だけ知っているが
ロールプレイの方法を知らない、ただの「勘違い野郎」です。
キャラクターではなく、プレイヤーに対しての嫌がらせになる
ようなことしか出来ない人に「悪人」は演じることはできません。
ただのPKとロールプレイによるPKの違いが少しでも
なんとくでも伝われば幸いです。
※これから記載する記事は、私見解によるものです。
第2回
「なりきりプレイを楽しむには、世界観を知ることが大事」です。
よおし、じゃー本格的に、なりきりプレイしようっとなったとき
何すればいいの?
例えば、あなたが
「ヴァルキオン連合の正規兵になりきる」プレイを目指したとして、
それじゃあ、これから・・・どうしよう・・・・
何も思い浮かばないってなりますよね。
なぜでしょう?
それはヴァルキオン連合について、もしくは連合の正規軍の兵士が
何をしているのか、どんな活動をしてるのか、あなたが知らないから。
どんな人物に「なりきる」にしてもその「なりきる対象」の情報を
得る必要があります。
例えばモノ真似をする人が、モノ真似をする対象をよく観察して
細かく勉強するかのように。
TERAにも世界観や設定というものが充実しています。
例えば、ヴェリカ出身であれば、ヴェリカという都市は
ヒューマン族の作った大都市です。
ヒューマン族の信仰や文化や歴史などを知れば更に、あなたの
知識の幅は広がり、行動にも反映されるでしょう。
それは、公式サイトから知ることも出来るでしょうし
実際のゲーム内でのNPCキャラクターが詳細な事を
教えてくれるでしょう。
こういった具合に、ただ自分が知ってる情報だけで
「なりきる」には限界があります。
だからこそ、TERAの背景や設定などを知れば知るほど
プレイに深みが出て知ることの楽しみもまた一つの楽しみに
することもできるのです。
TERAの設定や世界観については、今後UPしていきますので
ご参考にされてみてはいかがでしょうか。
ほとんどのMMORPGではプレイヤーの操作するキャラクターに
「人生」を持たせるような仕組みがサポートされていません。
例えばゲーム世界内でのプレイヤーキャラクターの立場が
「冒険者」であるゲームがあるとしてなぜそのキャラクターが
冒険者になることになったのかという過去を決めて、さらにそれを
生かすシステムはないのです。
結果的にプレイヤーが考えなければいけないのです。
種族や世界観等を知ることで、「なりきり」プレイに取り入れて
行くことで周囲の人との会話にもただ日常の会話の中にもTERAの
世界観を感じたりと相手にも魅せる「なりきりプレイ」ができるように
なるのです。
※これから記載する記事は、私見解によるものです。
第一回「なりきりプレイってなあに?」
■「なりきり」っていうのは「ロールプレイ」って
いうプレイスタイルの一種です。
ロールプレイは、ゲームマスターが居て
そのゲームマスターの指示するルールの中で
そのキャラクターになりきるという感じです。
「なりきり」プレイスタイルの場合には
ゲームマスターが存在しません。
一人でプレイヤー各自がキャラクターに
なりきってプレイしている型を指します。
私、ロールプレイをしていますっという人は
多くは、上記のロールプレイではなく
ルールが無い状態で、一人なりきりプレイが
大半です。
つまり、キャラクターを演じるの。
演技=「常に」になるのが本来の「なりきり」
プレイスタイルです。
日本ではあまり馴染みの無いプレイスタイル
だけど海外ではとてもメジャーなプレイスタイルで
ゲームによっては、ロールプレイ専用サーバーが
存在するほど高い認知度です。
■■なりきりプレイヤーの「物の考え方」
キャラクターの考え方とキャラクターの考え方を
分けて考えます。
きっとこのキャラクターは、こう言うかもっとか。
こういう風に行動するかもっとか。
リアルとゲームの境界線が引けてないプレイヤーが
今は最も多いタイプのプレイヤーです。
そうではなく「なりきり」では、リアルの話は一切しない。
リアルがゲーム内で何か反映されますか?
周囲の人達は、あなたのリアルが興味ありますか?
多くの人は、ゲームを楽しくプレイする為に遊びに
来ているはずで、リアルの話をされても世界観に浸って
遊んでいる人にとっては迷惑な行為でしかありません。
まだMMORPGの作品がそれほど多くなかった黎明期、
一般的に「仮想世界に生きる一人の人」
として生きるっというのが以前は普通でした。
だから「なりきり」をしても何ら不思議でもなく
それが普通でした。外国人の多くが当然のように
「なりきり」をしていました。
しかし日本人の場合は、文化的には日本では
MMORPGのプレイヤーキャラクターは仮想の
ゲーム世界に生きる一人の人間ではなく
プレイヤーの分身(アバター)とみなす人が多く
そのために「なりきり」が定着しないんだと考えています。
日本は
プレイヤー = キャラクター
だから「なりきり」って何?っとなります。
なんで演じる必要があるの!?っとなります。
そんなの恥ずかしいわ!っという人はその典型です。
本来は
プレイヤー ≠ キャラクターです。
「なりきり」では、キャラクターとプレイヤーの考え方を
分けて考える必要があります。
例えば、プレイヤーは何度かゲームをクリア
してるとしましょう。
初期村で「道具屋の主人」という「なりきり」をした場合
他人に、ラストボスまでの道筋を聞かれたとしましょう。
プレイヤーとキャラクターの意識が
一緒になっているプレイヤーは
その道筋を教えることができますし
教える人もいるかもしれません。
しかし、現実問題、初期の町のただの道具屋の主人が
ラストボスまでの道順を知っているか?
それはプレイヤーの知識であってキャラクターの知識ではありません。
だから、「なりきり」の場合は、必ずプレイヤーとキャラクターの
考え方を分けなければ、なにもかもが中途半端になってしまうのです。
参考にして頂ければ幸いです。